居合術について

刀身を鞘に入れた状態で敵と相対する術を「居合術」または「抜刀術」と呼びます。 この術は敵が刀の鯉口を切った瞬間、すでに敵を斬っているという電光石火の早技が最大の特徴であります。 この居合術の起源は林崎甚助系とその他の系統に大別されます。林崎甚助系は戦国期の居合術大成者であり、父親の仇を討つために毎日剣術修行に明け暮れ、百日の参寵修行を行い、満願の日に神託を得て居合術の奥義を会得しました。見事に父親の仇討ちを果して、その後は諸国を武者修行しながら居合術を教授し、亡くなるまでに多くの門弟を育てました。甚助の鍛錬の成果が認められ、戦国大名の加藤清正などは甚助の技量にすっかりほれ込み、半年ほど甚助を加藤家に泊まり込ませてまで家臣に居合術を習わせました。そのおかげで朝鮮の役の際には、 加藤家の武士は大活躍し、武士としての任務を大成しました。その方法として中国兵や朝鮮兵が背中に背負った刀を抜こうとした瞬間、抜き打ち一閃で次々と敵兵の腕を斬り落としたと言われています。現在も伝わる無双直伝英信流、伯耆流、関口流、田宮流、新田宮流、無楽流などの居合術の諸流派はすべて、林崎甚助を祖としているといわれています。その他の系統では天真正伝香取神道流、貫心流、 無外流、荒木流、信抜流、円心流といった流派があります。居合術は空いての一瞬の隙をついて攻撃するという電光石火の攻撃で、まさに、相手の攻撃方法をよく理解してどのタイミングで攻撃すれば勝てるかという分析がされていると思います。そして、素早く行動するためには厳しい鍛錬が必要であったことも十分に推測できます。父親の仇打ちを目標として鍛錬した林崎甚助でしたが、その技を継承していき、日本に大きな貢献をしたと考えられ、鍛錬の偉大さが感じられます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です