遣唐使と船員たち

「遣唐使船(けんとうしせん)」は、飛鳥、奈良、平安の時代において日本と中国の間を行き来した船を総称しているようです。日本の文化よりも進んだ中国の制度や文化を学ぶために、さまざまな目的をもった「遣唐使(けんとうし)」やちが、遣唐使船に乗って航海したようです。当時の日本では、日本刀などを作るため、鋼(はがね)を用いた技術はありましたが、遣唐使船には鉄などはほとんど使用されず木製であったとされています。遣唐使の派遣は、630年から894年の260年間の間に約15回ほど行われていたようです。1回の航海においては2隻から4隻の船が船団をつくり1隻の船には、150名から200名の人びとが乗り込んだとされているようです。遣唐使船には、国から派遣される遣唐使以外にも船を管理したりする船員たちが約半数乗り込んでいたようです。

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